とまり木かふぇブログ

子どもたちとの関わり。授かれなかった私たちにできること

子なしからみた子育てママ

またも、妊活友のYちゃんからLINEが。

前回とは別のお隣の県にお住いの子育て中のママの友人が会いに来ると言って

日時を約束していたようで、

「あ、その日は、やっぱり会えないわ。

子どもがいる日になっちゃったから。

子育ては大変なんだ~」と言われたそうだ。

有給をとっていたYちゃんは、がっかりしたようだ。それで、私にLINEをしてきた。

「ねぇ、聞いて~。

子育て子育てって、大変なのも分かるけど、

なんだかがっかり。」と。

 

私は、と言えばここ1ヶ月、ふっきれたつもりでいたから、

用事を作って、いろんな人に会いまくって

充実して、意外と多忙に過ごしている。

治療のことを考えている余裕がないほど。

だから、Yちゃんが、悩んでいることは、

すごく小さいと思ってしまった。

会えないような人に関わって

わざわざ、心折れに行く必要がない。

そんな時間がもったいないし、

仮に、こちらから会いに行ったとしても、その方は、心ここにあらず。でしょうから

より残念な気持ちになるだけ。

だったら、私に会いたいと

言ってくれる人に会おうと思う。

 

ちょうど私たち世代は、大半が子育て真っ最中。

狭い世界で生きていると、私たちは、

本当に生きづらい。

子育てママ子育てママ。って、

一種の呪文のようについてまわる。

子なしは、おいてきぼり。

SNSを見れば話題は

子育て。

そりゃあ、疎外感は、半端ないよ。

 

私から見た、子育てママは、

批判覚悟で言わせてもらうと

余裕をなくしている。

赤ちゃんを抱いていれば、守られて当然だし、

私は、毎日大変なのよ!というのを全面に出してアピールしてくる。

世の中が子育てママは応援されるべき

という風潮なのだから、

そうなっても当然なのだろうね。

確かに、毎日毎日、わんぎゃん泣かれたり、出かけるのも一苦労なんでしょう。

自分にケアなどする時間もないのでしょう。

だけど、心理学者のアドラーの言葉を借りるとすると「すべては自分の選択の結果」

なのであり、

「あなたはその道を選んだ」わけだから。

それが、ずっと続くわけでもない。

そのあと、何年かすれば、その子が成長していく楽しみもある。

 

 

私たちにはそれがない。

あったはずの幸せが待っていない。

 

だから、お互いが、一歩ひいて相手の立場に立って俯瞰し、

子なし、子ありに関わらず

かしこく付き合っていいけたら、

どれほどいいだろう。と思う。

 

最近は、子連れOKですよという、

飲食店も増えた。

年賀状が、来れば、子どもの写真。

抱っこしていれば、

みんなが、かわいいかわいいと、

あやしてくれる。

 

だけど、

「私は、あなたと話がしたい。

あなたの近況が知りたい。」

ということを、言いたいのだ。